現パロ
エミルカ(スパルカ要素あり)



彼はか弱い青年だった。
人より少し病弱で、人より少し運動が苦手で、人より大分弱気で、そして人より格段に努力家だった。彼は身体の能力には決して恵まれなかったけれど、その分頭の回転はとても早く、成績はいつだってトップだった。彼は泣きそうな顔でグラウンドを走るのに、机に向かう姿は真逆で、とても楽しそうだったのだ。しかし交友関係が広いとはお世辞にも言えない彼は、それだけで不良から目をつけられる理由には充分すぎて、虐められる理由にも事足りていた。そう、彼は虐められていたのだ。


「ルカ、」
「分かってるよ、すぐいくから」
「ノロマ、早くしろよ」


ほら、今日も。彼の側には罵詈雑言の数々が渦巻いていて、彼の隣にはいつでも不良がいた。彼の顔はいつもと変わらないけれど、ぼくにだけはとても辛そうに見えた。クラスのひとは彼を見て可哀想だとは言うけれど、それ以上は知らんぷり。標的を自分にされたくないからだ。可哀想。可哀想。同情の目と声だけを寄越して誰も彼に手を貸そうとはしない。本当に可哀想なのは、貴方達だ。彼を助けられない、助けようともしない。誰もルカを助けてあげられない。手を貸してあげられない。助けなきゃ。そう感じたのは直感でも気まぐれでもない。クラスの誰も助けてあげられないのなら、僕が助けてあげなくては、彼もそれを望んでいる。彼は、ルカは僕が守らなきゃーーー





お弁当とお金を持って彼は屋上へと向かう準備をする。きっとこれから暴力をふるわれるというのに彼は普段通りだった。彼が屋上へと上がる階段を登っていくのを目にしながらぼくはその後ろに付いて回った。彼を助けられるのは僕しかいないんだから。彼が屋上のドアノブに手を回しかけた時、僕はその腕を強く掴んだ。彼はとても驚いた顔をして、僕を見上げた。僕が、僕だけがーーー



「……ねぇ、何で」
「え……」
「何で従うの、あんな不良に」
「?不良って、誰のこと?」
「何言ってるの、屋上の奴に決まってるよ、これから君は何時ものように暴力をふるわれるよ、きっと、怖くないの、痛くないの、苦しくないの、何で平気なの、我慢しないで……」
「……」
「虐められるのって、とても怖いことだよ……ルカ」
「君は……」


手に込める力を強くするとルカの顔がどんどん崩れていった。やっぱり。やっぱり怖かったんだね。ようやく僕は君を救えたんだ。良かった。本当に。良かった。さあ、教室に戻ろう。実を言うと、僕もとっても不良は怖いけど、君となら大丈夫だって思うんだ!ふたりなら何とかなるよ、信じてるから!僕は必死だった。ルカを早くここから立ち去らせなくてはいけない。不良はドアを開けた先にいる。見つかる前に、聞かれる前に、開けられる前に早く、早く早く
ルカの顔を見るとその表情は強ばって青く染まって、その目には涙が溜まっていた。え、何


「……ぃ」
「……ルカ?」
「怖い、怖い怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………」
「る、ルカ大丈夫、大丈夫だから、大丈夫、」
「……た、すけ……助け……」
「……ルカ!」
「助けてスパーダ……、スパーダぁ!スパーダ!助けてぇ……!怖い……」
「なん、で」


何でそんな不良の名前を呼んでるの


「離して、離して、離して離して」
「ル、」
「嫌だはなせ、はな……離せよ!」
「……」


そうか……僕が臆病者だから助けるのが遅くなったからルカは怒っているんだ。ごめん、ごめんねルカ。臆病者で、勇気が出せなくて……遅くなって、ごめんね……でも、君を助けたいって気持ちは本当で……嘘じゃない。小指と小指をつなげて、約束したからーーーこの約束だけは守るよ絶対にだって、約束したから、君と



「……遅くなってごめんねルカ」



ルカを強くつかんだ手を離して後ろに押す。彼の顔は驚愕で満ちみちて、そのまま固まったまま動かなくなった。遅くなったごめんね。でも、これで約束守れたよ。僕は階段を降りてルカの元に急ぐ。自分の小指と君の小指をつないでもう一度優しく指切りをした。









「指切った」














ルカから最近視線を感じると相談を受けたのはつい先日。気のせいだろといつもの調子で流そうとしたらあまりに泣き出しそうな顔をしてみせたから、親友兼相棒兼恋人予定の俺が守ってやると約束をした。とりあえず対策として、昼飯はこれから屋上で食べることにして、帰りも一緒に帰ることになった。ルカは心底安心した顔をして、スパーダが一緒なら大丈夫だねと頬を赤らめて笑って見せるもんだから思わず抱きしめてしまった。だって、可愛すぎんだろ。小指同士を繋ぎ合わせての約束。子供っぽい。だけど何故か嫌ではなかった。クラスの連中は不良の俺が成績トップのルカに絡んでいると何か勘違いを起こしたらしく誰も近寄ろうとはしてこない。この様子なら、大丈夫そうだな。こういう時こそ不良という立場は素晴らしい。俺はクラスの様子に安心しきっていたのだ。約束。彼を、少しの間でも1人にしてはいけなかったのに。俺がルカを守ると約束していたのに!



「…………ルカ?」



何時ものように昼食の時間。ルカは準備があると言って先にオレを屋上に向かわせたが、何分経ってもルカが来ない……おせぇ。俺はルカを迎えに行くことにした。どこで道草を食っているのやら。そんなことを思いながら階段を降りていくとやけにざわついた雰囲気に気づく。遠目で何かを誰かが囲んでいる様子が見えた。周りでは女子達の悲鳴と嗚咽、それから囁き。「何時かこうなると思ってた」何故か、とても嫌な予感がした。



「……ルカ?」



屋上から覗いた階段の下には頭から赤く染まった肢体があって、投げ出された四肢は、あまりに親友のそれと似ていた。周りの視線なんて、気にしていられなかった。彼の名前を叫びながらルカを抱きしめる。何で、どうして。かつて繋ぎ合わせた右手の小指は俺を嘲笑うかのように切断されていて、俺は遂には約束を守ることができなかったのだと知った。





小指の行方








妄想癖stk気質エミルん
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